SaaSの立ち上げ〜成長期では、開発や技術の課題が、営業やCSなどのフロント組織、事業計画と複雑に絡み合います。
たとえば、開発スコープをどう決めるかは、営業開始のタイミングに影響します。
顧客要望にどこまで応えるかは、CSの負荷やプロダクトの差別化に影響します。
Reminusは、CTO代行としてSaaS企業の現場に入り、非エンジニアの経営者や事業責任者とともにプロダクト戦略、開発体制、技術意思決定、営業・CSとの連携まで整理してきました。
本記事では、その中で繰り返し目にしてきた、SaaS立ち上げ〜成長期に陥りやすい5つの落とし穴を紹介します。
この記事のポイント
- SaaS立ち上げ〜成長期で陥りやすい5つの落とし穴を整理
- 各落とし穴について「何が起きる/なぜ起きる/どう抜ける」を具体的に解説
- 開発・技術の課題に加え、営業・CSまで経営視点で俯瞰した落とし穴も整理
落とし穴1:開発スコープが広すぎたり、細部にこだわりすぎる
立ち上げ初期に最もよくあるのが、リリースまでの開発スコープが膨らむパターンと、1機能を必要以上に磨き続けるパターンの2つです。

何が起きているか
| パターン | 典型的な現象 |
|---|---|
| スコープが広すぎる | 「あれもこれも」と機能を盛り込み、市場投入や営業開始が半年〜1年遅れる |
| 細部にこだわりすぎる | UIや細部の質を高めるために数ヶ月を費やす |
立ち上げ期に重要なのは、できるだけ早く市場に向き合い、学習を回すことです。
展示会や紹介など、さまざまな接点で見込み顧客に営業やインタビューを行い、そこで得た反応をもとにプロダクトの方向性を軌道修正し続ける必要があります。
開発のハードルを上げすぎて市場投入や営業開始が遅れると、方向性が誤った状態のまま資金だけを消費する状況につながります。
特に、株式で資金調達しているスタートアップの場合は、2年といった限られたランウェイの中で、何回市場から学習を回せるかが勝負になります。
スタートアップでなくとも、こうした急成長スタートアップと競争する点で時間が重要である点は同じです。いずれにせよ、立ち上げ初期は少しでも早く市場に向き合うべきです。
なぜ起きるのか
よくある原因は2つあります。
- 外部から見たときの見栄えを気にしすぎる:商談で失望されるのではないかという不安が、市場投入や営業開始を遅らせてしまう
- 経営者本人に営業への苦手意識がある:営業に出ていきたくないために、無意識のうちに開発に時間をかけてしまう
どう抜けるか
初回リリースのスコープは、「受注に必要なもの」と「コンセプトとして他社と違うもの」に絞ります。
例えば、立ち上げ初期でこだわりがちだが実のところ捨てていい代表的な機能は次のとおりです。
- 請求・決済
- 権限制御
- ユーザーカスタマイズ
- 管理画面
こうした、「どんなSaaSにも同じようにある画面」や、オペレーションでカバーすればよい機能は、基本的には初回リリースまでには不要です。
初回リリースのスコープが「気づいたら膨らんでいた」というパターンは、過去記事「MVP、気づいたら Maximum になってませんか?」でも詳しく整理しています。
落とし穴2:口コミやバズりに期待し、運用の仕組み化に走りすぎる
上記とも関連性があるのが、「口コミやバズりで一気に伸びるのではないか」といった期待です。
この期待は、経営者を地に足のついた営業活動から遠ざけるだけでなく、最初から運用の仕組み化に時間を使いすぎる原因にもなります。
何が起きているか
特に多いのが、以下のような「先回り自動化」です。
- サインアップの自動化・フリーミアム・フリートライアル
- 請求・決済機能の開発
- チャットボットの導入
- ヘルプページやFAQの自動生成
これらに最初からリソースを投下することは、市場投入を遅らせるうえに、顧客との深い向き合いを避けることにもつながり、市場の反応を敏感に掴むことが難しくなります。

なぜ起きるのか
BtoBは購買が組織判断であり、SNSの拡散や個人の口コミだけで意思決定が動くことは稀です。
それにも関わらず、受け身なスケールを期待する楽観的な思考が、運用の自動化を急がせてしまいます。
加えて、顧客単価を低く設定しすぎていることが、「丁寧に営業していられないからスケールを狙おう」という判断につながる場合もあります。
どう抜けるか
特に初期ほど営業やカスタマーサクセスの運用を丁寧に行い、ハイタッチで受注〜オンボーディング〜契約更新を成立させます。
アカウント発行や初期設定、データ登録などのSaaS運用についても、カスタマーサクセス・エンジニアが手運用でサポートに入る方向に振り切ります。
こうした一見泥臭い顧客への向き合いが、顧客フィードバックも回収し、プロダクトを強化することにもつながります。
また、顧客単価も、上記オペレーションのために人を雇うとしてもペイするように設定し直すとよいでしょう。Reminusの過去支援実績では、顧客単価が高すぎるケースより、低すぎるケースのほうが多いです。
| アプローチ | 効果 |
|---|---|
| 自動化で薄く広く対応 | 立ち上げ期は機能不全。フィードバックが回収できず、契約更新もお客様次第になる |
| 単価を上げて手運用に振る | フィードバック回収・契約更新・アップセルが丁寧に回せる。LTV最大化に直結 |
落とし穴3:顧客フィードバックの優先度を下げてしまう
プロダクトが有料化でき、売上増の流れができて以降よく起きるのが、将来構想のための開発に集中しすぎて、既存顧客のフィードバックの優先度を下げてしまうパターンです。
「次の市場拡大に必要な機能を入れないと」、「投資家に説明した構想を速く完成させないと」という意識で、既存顧客の声が後回しになっていきます。

何が起きているか
- 経営陣が描いたプロダクトロードマップや構想に開発が集中
- カスタマーサクセスが回収したフィードバックがエンジニアに連携されていない
- 既存顧客の要望リストが管理されていない
- 結果として既存顧客の解約率が大きく上がり、営業利益率に大打撃を与えてしまう
なぜ起きるのか
1つの原因は、顧客からのフィードバックの価値を低く見積もっていることです。
実は顧客フィードバックへの対応は、SaaS経営において2つの価値を同時に取れる活動です。
| 価値 | 効く場面 |
|---|---|
| 既存顧客のLTVによる利益率改善 | 契約更新・アップセル・解約防止 |
| 市場ペインの発掘 | 個別の要望から市場の洞察を発見 |
加えて、組織の構造として、フィードバックを収集・管理する仕組みが整っていないケースもよくあります。
たとえば、問い合わせフォームから届いた顧客要望がカスタマーサクセスのメールボックスに溜まり、そのまま放置されているような状態です。
どう抜けるか
まずは、顧客フィードバックを収集・整理・開発連携する業務フローを整えることが重要です。
経営者やプロダクトマネージャ、カスタマーサクセスが一度重要度を仕分けし、意思を持ってエンジニアに連携するのがよいでしょう。
また、顧客フィードバックはフォームなどで直接送信してもらう方法もありますが、カスタマーサクセスが聞き取った内容を社内で上げるほうが、組織として積極的な要望対応につながりやすくなります。
ストックビジネスであるSaaSでは、かけた広告費に対してどれだけLTVを高められるかが非常に重要です。
解約率が高くLTVが低ければ、新規受注と解約が均衡し、すぐにARRは頭打ちになります。半年や1年契約の場合、気づくのが遅れるのも恐ろしいポイントです。顧客要望への対応を社内で盛り上げ、スピード感を持って動くことで、契約更新やアップセルにつなげることが重要です。
落とし穴4:顧客要望対応ばかりでプロダクトに意思がない
落とし穴3とは逆方向の落とし穴もあります。
既存顧客の要望に応え続けることは重要ですが、多くの場合、それだけではビジネスとしての成長は不足します。
新規営業や既存顧客の要望対応ばかりが続き、半年・1年経ってもプロダクトに大きな進化が起きない、というパターンがあります。

何が起きているか
- 機能リリースのほとんどが既存顧客向けのマイナーアップデート
- 半年〜2年経っても、大玉機能や新しい提供価値が増えていない
- 「何のためのプロダクトなのか」の解答が社内でもバラバラ
なぜ起きるのか
長期的な構想やビジョンが経営側に欠けているために起きます。
これは、スタートアップよりも、既存企業のSaaS立ち上げやオーナー企業で、事業計画などが深く練られていない状態で発生する場合が多いです。
3年後・5年後にどんな市場でどう勝つのか。社会にどのような変化を起こしたいのか。
こうした問いが言語化されていないと、足元の要望対応以外に「やること」が思いつかなくなります。
どう抜けるか
抜け方の一つの方法は、事業計画上のARR(売上)を顧客単価×顧客数や製品ライン別にしっかりブレイクダウンし、現状とのギャップを測ることです。
| 不足要素 | 必要な開発の方向性 |
|---|---|
| 顧客数が足りない | 市場拡大のための開発(新規セグメント開拓、外部連携の強化、業界特化機能の開発など) |
| 顧客単価が足りない | 上位プランにつながる機能開発、エンタープライズ向け強化など |
ビジョンが明確にあるなら、やりたい世界観を分解して開発アイテムに落とし込む形でも構いません。いずれにせよ、トップダウンで市場戦略・製品戦略を考える時間を経営陣が意識的に割く必要があります。
落とし穴5:エンジニアへの指示が細かすぎる
やりたいことは十二分にあるのに実行が進まない、といった組織に多いのが、技術を理解していない経営層やビジネスサイドが、エンジニアや外注先に必要以上に細かい指示を出してしまうパターンです。
特に、AIによりドキュメント生成が容易になったことから、「このデータベースの設計はこう」、「この技術を利用したい」と、開発の詳細まで踏み込んでしまいやすくなります。
結果、的はずれなケースが多発したり、開発に必要以上に時間がかかります。

何が起きているか
- 不安でエンジニアに設計を任せられない
- その結果、開発スピードが落ちたり、設計が悪化する
- エンジニアの離職リスクが上がる
なぜ起きるのか
多くの場合、不安を細かい指示で埋めようとしているのが原因です。
任せきれない、想定外の挙動が出るのが怖い、自分の理解の範囲外で動かれることへの不安から、本来エンジニアに任せていい設計判断に経営側が踏み込まざるを得なくなります。
また、実際問題としてエンジニアや外注先のスキルが問題で任せきれない、という場合もあります。
どう抜けるか
指示の粒度をWhy(なぜ作るのか)とWhat(何を作りたいか)に絞ります。WhyとWhatをしっかり伝えることが、エンジニアが将来も対応可能な適切な設計をしてくれるようになる一番の近道です。
| 指示の粒度 | 企画側の責任 | エンジニア側の責任 |
|---|---|---|
| Why(事業上の意図) | ◎ | ─ |
| What(達成したい体験・成果) | ◎ | ─ |
| How(技術選定・設計・実装) | ─ | ◎ |
また、エンジニアや外注先が頼りない場合や、技術力が判断できない場合には、外部の顧問などに第三者の目線で判断してもらう方法もあります。
Reminusが提供しているCTO代行でも、上記の診断が可能で、加えて技術判断や全体設計の統括も可能です。
まとめ:自社のSaaS立ち上げを見直すきっかけに
本記事で紹介した5つの落とし穴を整理すると、以下のとおりです。
| 落とし穴 | フェーズ | 本質 |
|---|---|---|
| 落とし穴1:開発スコープが広すぎる/細部こだわりすぎる | 新規プロダクト立ち上げ | 市場へ向き合うこと、それによる学習サイクルの軽視 |
| 落とし穴2:口コミ・バズり期待で仕組み化 | 新規プロダクト立ち上げ | 楽観的な事業スケールの幻想 |
| 落とし穴3:顧客フィードバックの優先度を下げる | プロダクトリリース後〜PMF | 視点が短期的すぎる、チャーンレートやクロスセルアップセルの軽視 |
| 落とし穴4:顧客要望対応ばかりで意思がない | プロダクトリリース後〜全般 | ビジョンや戦略、事業計画の欠如 |
| 落とし穴5:エンジニアへの指示が細かすぎる | 全般 | 技術に対する不安、開発体制 |
5つの落とし穴を俯瞰すると、SaaSの立ち上げ〜成長期には開発スコープ・運用設計・顧客フィードバック・ビジョン・開発組織と、経営の主体的な意思決定が必要なことが分かります。
そして、いずれの落とし穴も、「分かっていれば避けられる」類の問題ではなく、事業フェーズや経営判断のクセに紐づくものです。だからこそ、知識として把握しているだけでは不十分で、自社の現状に照らして定期的に棚卸しすることが重要になります。
まずは、本記事の5つの落とし穴のうち、自社で1つでも当てはまるものがないか洗い出してみるとよいでしょう。1つ見つかれば、そこからプロダクトと組織の両面で改善余地が見えてくるはずです。
Reminusは、こうした論点を一緒に整理する立場として、SaaS立ち上げ〜グロースしたい企業様に、CTO代行を提供しています。
本記事の落とし穴に心当たりがある方は、まずはサービス資料でReminusの全体像を掴んでいただければ幸いです。無料相談で今週中に個別の論点を一緒に整理することもできます。お気軽にお問い合わせください。